アロエチックきみどり

インドア派の二児の主婦(肝っ玉小せぇ母ちゃん)が送る素朴かつ突飛な日常。 ジャンプを毎週見ている読書家としても有名...か?育児・テレビ・音楽・食・読書(やっぱマンガ中心か、せいぜい絵本...)などなど、広く浅く、その時の気分次第で網羅っっ!!

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ナースの落ちごと ⑫バイト仲間のダムさん

私が看護学生時代、居酒屋のバイトで、

皿洗い専門学生だった事は、周知の事実だろう。

今日は、その頃の話だ。

バイト仲間に、同い年の男子ヤマちゃん、

織田無道(おだむどう)似の20代の男性ダムさん、がいた。

ヤマちゃんは、無口で、エレファントカシマシ(通称エレカシ)の

ヴォーカルに似ている素朴な感じの男子だった。

そのヤマちゃん、意外に情熱的な男だったようで。

何でも、自分の彼女が他県に引越し、独り暮らしを始め、

その彼女を追って、彼女のアパートに転がり込んだ、らしい。
(居酒屋のオバチャン情報)

熱い男だとは聞いているが、全く話をしたコトは無かった。

その反面、ダムさんは、

人懐っこくて、ポッチャリ系で、気さくな人だった。

看護学生だと知るや否や、

合コンを申し込んできたほど。

それで、セッティングをした。

女4人対男5人でカラオケへ。

ダムちゃんの歌った歌が妙に気持ち悪かったのを覚えている。

不発に終わった合コン後、

ダムちゃんとは仲良くなり、何でも話せる仲となった。

そう、まるで兄と妹、のように。

ダムちゃんは、居酒屋バイト歴が長く、

10年弱くらいは働いているようだった。

将来は、自分の店を持つのが夢だと熱く語っていた。

ダムちゃんとは、バイトの無い日にカラオケに行ったり、

スーパー銭湯に行ったり、一緒に食べ歩いたり

ほんとよく遊んでもらった。

ある冬の日に、

「19の時に、シルバーリングを貰うと、幸せになれるんだって」

と言い出したダムさんを見て、

私は、またロマンチスト宣言だよ...と呆れていた。

そして、

私の19才の誕生日に、ダムさんは

シルバーのリングを買って、私に手渡した。

涙が出そうになる...!

訳も無く!

だって、私は兄と遊んでいるような気でいたのに...

正直ビックリした、といった感じだった。

ダムさんには、正直に伝えた。

しかしダムさんは受け取ってくれ、と言うので貰った。


今でも私のドレッサーの中には、

あの日のリングが使われないまま肥やしとなっている。





プレゼントを贈る側からすると、刺されそうな話です。

エレカシ似のヤマちゃんの話をするハズが...

思わぬ展開に流れて行き...

私自身、ビックリでした。

ナースの落ちごと ⑪ケセラセラ

さぁ!大きな病院ではできなかった

ゆったりした看護を実践していこう!

そう心に誓い、第二の看護人生が始まった。

しかし、来る患者来る患者...何となくクセがある。

しかも...刺青(タトゥ~)率、高し!

私は、心の中で、ヤクザ病院、と名付けることにした。

私は、取り分け

親分さん、と呼ばれている患者さんに気に入られた。

詳細をしらない私は、

その親分さん(だとゆーことも知らずに...)に呼ばれた際、

「はいよっ!」、と返事をしていたホド。

今思うと、社会人として、どーなの?ってツッコミたくなる...。

そして、私がその親分さんを受け持つ日は、

しょっちゅー呼ばれていた、気がする。

親分:「湿布、貼って」

私:「はいよっ!」

親分:「足の裏を見て欲しい」

私:「はいよっっ!」

親分:「点滴して。アレとアレの入ったやつ」

私:「はいよっっっ!」
(直後に主治医に確認、実施)

そりゃあ、もう...都合のイイ舎弟状態だ。

一度、親分さんに

「あんた見てるとケセラセラ~♪...」、と言われたコトがある。

ケ、ケセラセラァァァァ?

意味が分からず、聞きなおすと、

「なるよーになるさって事だ」、と教えてくださった。

私見てると、ケセラセラ...?光栄です。

以前の病院とは比べ物にならないほど、

生き生きと仕事しているのかもしれない、そう思った。

その親分さん、昔、舎弟だったという方が、よく面会に来られていた。

人相はアレですが、気さくな方もいた。

入れ替わりで入院してくるコトも多々あり...宿泊施設化していた。

親分さん関係の患者さんは、

何が困るって、柄の入った腕だったりするので、

血管が分かりづらいコトだった。

しかも、その立派な模様を見てからでは、

失敗は禁物だ...と、変にプレッシャーがかかる。

しかし、親分さん方の血管はかなり、絞り込まれていて、

先人の先輩ナ~スがブッ刺した痕がハッキリ残っており、

案外、容易にブッ刺すコトができた。
(コトバが凶暴化している...)

そんなワケで、親分さん方に絡まれるコトは

無かったように思う。

そう、モンスターペーシェントなんて、

外見だけでは判断できないものなのだ...。






あぁ、思いのほか、盛り上がりに欠けて...

何かスンマセン。

書いちゃったものは仕方ない+モッタイナイんで、

UPしちゃいます。

現場から離れた期間が長くなるほど、

衝撃的なネタが減っていくのを感じてます。 ペコリ

ナースの落ちごと ⑩金の卵の、その後

私が、白い巨塔病院を1年で辞め、

次は、看護とは一切関係ない職種に就こうと思い立ち

4月の間は、ただボンヤリと、過ごしていた。

「そーだ!花屋さんになろう!」

近所の花屋を通りがかった時、

ビビビときて、フラっと店内に侵入。

「あの、コチラで働きたいんですが...!」、と言ってしまっていた。

店員さんは、経営者ではなかったので、

採用については、分からないので...と言い、

花屋の名刺を差し出した。

そこに、本社などの連絡先が書かれてあった。

よしっ!次コソは、

花を相手に、一花さかせよう!
(うんまいコト言うね?)

帰宅した私は、受話器を握った。

人事担当者に、まずは、研修を受けて...うんぬん、と聞かされ

萎えた...。

結局、イッキに花屋熱も冷め、モトサヤに戻ることにした。

ひとまず、ナースバンクに登録し、

希望に沿った病院からの連絡を待っていた。

1番始めに電話がかかってきた病院の面接日が決まり、

久々にスーツを着て出かけた。

総合病院までとはいかないが、150床ほどの病院で、

大きすぎず、小さすぎない地域に密着した病院ってトコだった。

面接と作文があり、どーにかパスして、正式に決まった。

もう、退職して数週間が経過していたので、

自由も満喫し、何となく働く意欲が湧いてきていた。

今度の病院なら、ノビノビ看護ができる、ハズ!

そんな淡い期待を胸に、

内科・外科・小児科など、広く浅く何でもコ~イな病院へ出勤。

スタッフへのアイサツ...何を喋ったか覚えてはいないが、

緊張していたのだけは記憶にある。

婦長が優しい上に、けっこうオヤジギャグ?を言うので、

場が和み、雰囲気の良さそうな職場だった。

今回は、イ、イケルかも...!と、直感的に思った。

しかし、今後、どんなナースになるかは分からない...

以前の職場で先輩に言われた一言を思い出す。

「アナタ達は、金の卵なんだから!」

そうは言われたものの、結局は腐敗卵になり下がり、

白い巨塔を追い出された私だ。





なんだか、グレーな終わり方で、スンマセンっ

今後、どーなってくんでしょ?

少ない脳ミソをかき混ぜて、記憶を掘り起こさなくては...!

では、いつか、また~

ナースの落ちごと ⑨アンタ、看護婦、向いてないわ

あれは、入社して数ヶ月がたった頃だったか...
(回想スタート)

そう、人間だれしもミスの一つや二つ、いや三つ...

立て続けにだってミスをする事は、ある。

しかし、それが通用しないのが、医療現場ってヤツだ。

誰でも知っている、赤い十文字マークの、アノ病院に就職した私は、

毎日がドキドキであった。

カッコイイ先生が...!
(きゅーーーーんっ)

若い男性患者さんが...!
(ずきゅーーーーんっ)

なんて、ドラマみたいな展開もなく、

先輩ナースの刺すような視線の矛先に、私は、常に立っていた。

点滴の準備、ソレは大抵、朝・夕2回は行う日課のようなもの。

だいたいは、小瓶に入っている薬剤を、100~500mlの輸液用の水に

注射器で注入し、混ぜ合わせる。

抗生剤の点滴なんかは、ジップ○ックのよーなパックになってる物もあり、

粉状の抗生剤と水が別々のままワンパックになっていて、

使用直前にクラッシュし、溶解させて使用するものもある。
(簡単・新鮮・衛生的に使用できるのダ!)

その日、私はワンパック式の抗生剤を、イソイソと用意していた。

手技はカンタン!

しかし、先輩方の厳しい視線、迫り来る時間との戦い。

焦っていた。

ミスの常習犯だったから、先輩がマークするのも無理はない。

点滴準備室から逃げ出すように飛び出し、

点滴の材料、一式を持って病室へ。

50代の男性患者に、先ほど準備した抗生剤の点滴を開始。

30分後、ナースコールが鳴り、点滴終了、との知らせを受け

抜針(ばっしん)に向かう。

しかし...!

あ、あれ?

針を抜く直前に気付いた...!

抗生剤の粉と水が...混ざってない状態で点滴を行っている!

もう、そらぁ明らかだ...

だって、粉と水が思いっきり遮断されたままの状態で、

水だけが、キレ~に点滴のチューブを通っていくのがハッキリ見えたから!

そー言えば...クラッシュしてなかった、と気付くが、もう遅い。

患者さんは、抗生剤なんか、ち~とも入ってない

体液に近い水を点滴されてただけ...。

慌てて、先輩ナースに報告!

主治医にも報告がいき、

再び抗生剤を溶解した、100ml分の点滴を追加で行った!

モチロン、患者さんには平謝り。

その男性も、人体には影響ないってコトで、

笑って許してくださったが...

これで人体に多大な影響を与えていたら...と思うと

ゾッとした。

この事件以来、私への監視の目は更に強化された。

私は、点滴の準備がかなりストレスであった。

注射器を持つ手は震えた。

準備に時間がかかれば、かかるホド、

点滴を刺す、という行為さえ、せかされるコトとなる。

迷惑するのは、何度も刺される患者さんの方だ。

そして焦りは失敗を生み...の悪循環。

1年も経たないうちに、

婦長直々に、「アンタ、看護婦、向いてないわ」、と。

あぁ、リストラ宣告ですか...


赤い十文字マークが、やけに眩しく見えた。





はぅぅぅっ

スンマセンっっ

かな~り、ブルーなキミドリで。

けっこう...記事にできんの?ってミスもあったんですが...

手短なトコから...!

医療関係者じゃないと、分かりづらかったデスヨネ?

ほんっと、スンマセンっっ

ただ、大病院の抱える医療ミスの現場ってヤツを

チラ見した感じで、読んでいただけたらって思います。

ナースの落ちごと ⑧お口を開けて、ア~ン

今日は高校時代の話をしたいと思う。

初の老健施設(介護老人保健施設)の実習が始まった。

私は、マルキさん(仮名)、という高齢の男性を受け持つこととなった。

歩ける方ではあるが、自発的な動きはなく、

日中はベッドで過ごすことが多かった。

マルキさんは、認知症が進んでおり、会話はできるのだが、物忘れが激しかった。

毎日、いやチョコチョコ訪室している私が、

「マルキさーん、分かります?」、と声をかける。

すると、「ダレじゃったかねぇ...?」、と返事が返ってくる。

コレの繰り返しだった。

ちなみに、マルキさんは、返事の際、あさっての方向を見ながら

フッと笑う!
(う~ん、実にダンディズム!)

私は、どーしてもマルキさんに、名前を呼んで欲しくて

マルキさんのテレビ台の所に、

『きみどり』←私の名前っ

と、デカデカと書いた札を立てておいた。

そして、ソッコー、指導ナースに注意を受けた...。

それまで気にもとめていなかったが、マルキさんに、何度も同じ質問を繰り返していた

そんな自分は、マルキさんの事など、ちっとも考えていなかったのだ。

きみどり札を、引っぺがし、心機一転!

の、つもりが...

2週間の実習中、ほとんど車椅子散歩・食事介助しかやっていなかった。
(食事介助といっても、自力で摂取できるので、見守りに近い)

実習最後の日、

なにを思ったか、マルキさんがゼリーを食べようとした瞬間、

「ア~ン」、と口を開けてる自分がいた!

それに、動じる事なく、スプーンにのったゼリーを差し出すマルキさん。

パクっ!それを食べてる(食べてしまってる)自分...!

私は、限られた期間の中で、マルキさんを受け持ち患者、とゆーより

『おじぃちゃん』、と勘違いしていたようだ。

患者さんに対し、おじぃちゃんなんて、公私混同もハナハダシイことかもしれない。

けれど、本当の祖父のように、

愛着が湧いてしまった...というのが本音だ。

人の名前を覚えない私が、
(あ、ナースとして致命的...)

今でもマルキさんの名前を覚えているのは、

それ以外の何物でもないことの証かもしれない。





実習直後に、患者さんからア~ンで...

って話をしたら、友達全員...引いてました...。
(いや、それが正常な反応でしょう...)

賛否両論わかれる話な上に、長駄文でアレなんですが...

高校時代の、唯一(私にとっての)美しい思い出だったので、

意を決して、更新しまっす!

久々でコレかよっ!って落胆の方々...ペコリ~ン!
(スーパー土下座中)




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